歴史・由緒

磐裂根裂神社の名前の由来って?

元亀元年九月二十九日に本殿を建設し、正一位の位をいただいて、明治七年九月二十九日に安塚神社に昇格し、社号を改めて、村社磐裂根裂神社に改定し、現在に至っています。

磐裂根裂神社は、名のとおり磐裂神・根裂神が主祭神で、この二神の誕生は文献によると、「伊邪那岐神は、伊邪那美神が火の神を生んだ際に、その火に焼かれて死んでしまったことに悲しみ怒って、その迦具士神を十挙の剣で斬り殺してしまいました。その時、その剣先についた血により化成した神」なんだそうです。

また天正十三年(七四一)日光開山の勝道上人は、「日光男体山頂きをきわめたのは、常に磐裂神、根裂神を尊崇して、必ず神恩を忘失すべからず」とさとされた当神社の神様です。

磐裂神

古事記の火神被殺の条において伊邪那岐神は、伊邪那美神が火の神火之夜芸速男神(ひのぎはやおのかみ)を生んだ際に、その火に焼かれて死んでしまったことに悲しみ怒って、その子迦具土神を十挙の剣で斬り殺してしまった。その時、その剣先についた血が湯津石村に走り就いて化成した神。
石柝は文字通り石(岩)をも裂く程のすさまじい威力の意で、刀剣の神格化とみるのが一般的であるが、雷神とみる説もある。

根裂神

伊邪那岐神は、伊邪那美神が火の神、火之夜藝速男神(ひのやぎはやおのかみ)を生んだ際にその火に焼かれて死んでしまったことに悲しみ怒りて、その子迦具土神を十挙の剣で斬り殺してしまった。その時、その剣先についた血が湯津石村に走り就いて化成した神。
根拆は木の根までもを裂く程のすさまじい威力の意で、刀剣の神格化とも、雷神ともいわれている。


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磐裂根裂神社
〒321-0201 栃木県下都賀郡壬生町安塚1772-1
宮司宅 0282-86-2618